エンロンのスキャンダルについて
このようなあいつぐ企業スキャンダル、経営破綻、不良債権に対して政府はその場限りの処置しかとらなかった。
また、企業が倒産した際には必ずといってよいほど粉飾決算がなされていたことが明らかになったし、銀行の不良債権はまさに粉飾決算のあらわれであったが、これに対してアメリカの政府がエンロン事件で示した対応程度のことも日本ではとられなかった。
日本でもアメリカのSECにならって証券取引委員会が1947年にできたが、これは占領軍の命令でアメリカの制度をとり入れたものだった。そして対日講和条約が成立し、占領軍が引き揚げるとともに1952年に廃止され、大蔵省に統合された。
証券スキャンダルが発生した段階で、大蔵省から独立した日本版SECを作るべきだという声が強くなり、1992年に証券取引等監視委員会ができた。しかしこれは、実質的に大蔵省(金融庁)のコントロール下にあった。そのスタッフの数はアメリカのSECにくらべ非常に少なく、実績もほとんどないといってもよいほどであった。